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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7856号 判決

原告

渡辺幸治

外八名

右原告ら訴訟代理人弁護士

水上益雄

外二名

被告

東京都

右代表者知事

美濃部亮吉

被告

東京都台東区

右代表者区長

内山栄一

右被告両名指定代理人

大川之

外二名

被告

株式会社 竹中工務店

右代表者代表取締役

竹中錬一

右訴訟代理人支配人

大田賀英一

右訴訟代理人弁護士

稲垣規一

主文

一  被告東京都及び同東京都台東区は、各自原告渡辺幸治に対し金三〇万円、同杉沢亀治、同杉沢二郎に対し各金六〇万円宛、同太田広に対し金五〇万円及び右各金員に対する昭和四五年八月二八日から支払済に至るまで年五分の金員を支払え。

二  原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎、同太田広の被告東京都、同台東区に対するその余の請求及び原告林博、同有限会社渡幸商店、同ミツワ産業株式会社、同ミツワ株式会社、同有限会社万久太田商店の右被告らに対する請求ならびに原告らの被告株式会社竹中工務店に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎及び同太田広と被告東京都及び同東京都台東区との間においては、右原告らに生じた費用の一〇分の一を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告林博、同有限会社渡幸商店、同ミツワ産業株式会社、同ミツワ株式会社、同有限会社万久太田商店と右被告らとの間においては、全部右原告らの負担とし、原告らと被告株式会社竹中工務店との間においては、全部原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  被告らは各自、原告渡辺幸治に対し金六〇〇万円、同有限会社渡幸商店(以下、原告渡幸商店という)に対し金二〇〇万円、同杉沢亀治に対し金七九二万七、〇〇〇円、同杉沢二郎に対し金三〇〇万円、同林博に対し金六八八万三、〇〇〇円、同ミツワ産業株式会社(以下、原告ミツワ産業という)に対し金六七四万五、〇〇〇円、同ミツワ株式会社に対し一〇〇万円、同太田広に対し金九九五万円、同有限会社万久太田商店(以下、原告太田商店という)に対し金二〇〇万円及びこれらに対する昭和四五年八月二八日から支払済に至るまで年五分の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、被告ら

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告渡辺幸治は別紙目録(一)1、2記載の各建物を、同杉沢亀治は同目録(二)1、2記載の各建物を、同林博は同目録(三)記載の建物を、同ミツワ産業は同目録(四)1、2記載の各建物を、同太田広は同目録(五)記載の建物の持分一〇〇分の五九をそれぞれ所有し(右各建物の所在位置は別紙図面表示のとおりである)、右原告ら及びその余の原告らは別表「建物占有者」欄記載のとおり、右各建物を占有して居住または営業している。

(二)  被告東京都及び同東京都台東区(以下、被告台東区という)は昭和四一年一月ころ被告株式会社竹中工務店(以下、竹中工務店という)に請負わせて、別紙図面中「本件建物」と表示する位置に別紙目録(六)記載の建物(以下、本件建物という)の建築を開始し、昭和四四年に完成させ、以後被告東京都及び同台東区が共同して所有、占有している。

(三)  ところで、被告らによる本件建物の建築は、次に述べるとおり、原告らに対し社会通念上一般に受忍すべき限度をこえた不利益を強いるものであつて違法である。

1 日照、通風等の生活利益の侵害

原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎、同林博及び同太田広は昭和二四年ころから現在の場所に居住しているが、従来右原告らが居住する建物の南側には広大な花川戸公園が存在し、これによつて右原告らは日照、彩光、通風、眺望などの面において多大な生活利益を享受してきた。ところが、ここに本件建物が建築されたため、右原告らはその建築中、騒音、振動に悩まされたうえ、これが完成した後は一年を通じて、日の出直後の短時間を除き、一日の大部分の間日照を阻害され、彩光、眺望も著しく妨げられ、所謂ビル風害に悩まされるなど、従来享受してきた生活利益を著しく侵害された。また右日照の阻害等により、風邪、リウマチ、中耳災等の病気にかかりやすく、睡眠不足、頭痛に悩まされるなど、身体の健康も著しく害されるようになつた。

2 営業利益の喪失

原告渡幸商店、同ミツワ株式会社、同太田商店は本件建物の建築による日照阻害、風害等により、いずれも職場環境の悪化、顧客の減少等をきたし、営業の継続が著しく困難になり、原告渡幸商店においては遂に廃業のやむなきに至つた。

3 借地権価格の低下

原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同林博、同ミツワ産業及び同太田広は別表記載のとおりそれぞれ(一)記載の各建物の敷地を賃借しているが、本件建物の建築による日照阻害等により、右借地権の価格はいずれも一〇パーセント以上の低下をきたした。

4 損害の回避可能性

被告らは本件建物を隅田川の南縁にある隅田公園内に建築するか、花川戸公園のうちでも北側の浅草小学校に隣接する部分(505.73坪)に建築することにより、付近の住宅に対する日照阻害等を回避することが可能であり、また工事中の騒音、振動についてもジーゼルハンマーを使用することなく、バイブロハンマー等を使用することにより、これを大幅に低減しえたのに、被告らは軽率にも右敷地及び工法を選ばなかつたものである。

5 付近住民の同意の欠缺

本件建物の建築にあたり、右敷地及び工法を選ばなかつた場合には、右建物の位置、高さ、容積及び工法等からして付近の居住者または営業者に騒音、振動、日照阻害等による損害を与えることが明らかであるから、建築主である被告東京都及び同台東区としては、事前に付近の居住者、営業者から意見を求め、十分話合を尽し、その了解を得ることが必要である。しかるに右被告らはこのような手続を経ることなく、いきなり本件建物の建築工事に着手し、その建築を強行した。

6 都市公園法、道路法、建築基準法違反

被告台東区は都市公園法及び道路法に違反して、本件建物の敷地を取得した。すなわち、都市公園法一六条は都市公園の廃止を厳格に制限し、例外的に公益上特別の必要がある場合に限り公園を廃止しうる旨規定し、また道路法一〇条は道路の廃止を厳格に制限し、一般交通の用に供する必要がなくなつたと認める場合に限りその廃止を認めている。しかるに被告台東区は法の認める除外事由がないのに、花戸川公園及び区道浅一三六号、同浅三二三の二号、同浅三二三号の各一部を廃止し、本件建物の敷地を確保した。

また本件建物の建築は建築基準法五七条一項、五八条一項一号の高度制限及び同法五九条の二の容積制限に違反している。

(四)  ところで被告らは、昭和四一年当事すでに建物建築に伴う騒音、振動、日照阻害等に関して紛争が多発していたのであるから、本件建物を建築するに際し、これによつて生ずる付近の居住者、営業者の損害について調査し、本件建物の建築を中止するか、建物の位置、規模、高さ、工法等を変更するなどして、右損害の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件建物の建築を強行したものであるから過失の責を免れず、民法七〇九条に基づき、原告らが被つた後記(七)の損害を賠償すべき義務がある。

(五)  本件建物は、その位置、規模、高さ等からみれば、それ自体原告らに右(三)のような損害を与える危険性があるものであるから、右建物の設置には瑕疵があるものといわざるを得ない。従つて、右建物の占有者である被告東京都及び同台東区は民法七一七条により原告らに対しその被つた損害を賠償する義務がある。

(六)  なお、被告竹中工務店は昭和四一年一一月二四日、原告らに対し本件建物の建築によつて生じた損害は、すべてこれを賠償する旨を約しているから、同被告は右約定によつてもまた原告らに対し、前記損害を賠償する義務がある。

(七)  損害

1 財産的損害

原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同林博、同ミツワ産業及び同太田広がそれぞれ賃借している別表記載の各土地の借地権価格は、前(三)3のとおり減少しているが、その額は、3.3平方メートル(一坪)当り一〇万円を下らない。従つて、借地権価格の減少により原告渡辺幸治は金三〇〇万円、同杉沢亀治は金四九二万七、〇〇〇円、同林博は金三八八万三、〇〇〇円、同ミツワ産業は金六七四万五、〇〇〇円、同太田広は金六九五万円の各損害を被つた。

2 精神的損害

原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎、同林博及び同太田広は、前記(三)1記載のとおり本件建物の建築中は工事による騒音、振動に悩まされたうえ、完成後はその存在によつて日照、通風等の生活利益ないし身体の健康を著しく害され、ために精神上多大の苦痛を受けたが、これを金銭をもつて慰藉するとすれば、各自金三〇〇万円を以て相当とする。

原告渡幸商店、同ミツワ株式会社、同太田商店は、本件建物の建築によつて前記(三)2記載のとおり、その営業を著しく害され、ために精神上多大の苦痛を被つたが、これを金銭をもつて慰藉するとすれば、原告渡幸商店、同太田商店についてはそれぞれ金二〇〇万円、同ミツワ株式会社については金一〇〇万円を以て相当とする。

(八)  よつて、原告らは被告らに対し、損害の賠償として、原告渡辺幸治は金六〇〇万円、同渡幸商店は金二〇〇万円、同杉沢亀治は金七九二万七、〇〇〇円、同杉沢二郎は金三〇〇万円、同林博は金三〇〇万円、同ミツワ産業は金六七四万五、〇〇〇円、同ミツワ株式会社は金一〇〇万円、同太田広は金九九五万円、同太田商店は金二〇〇万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年八月二八日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める。

二請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は知らない。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)のうち、原告らが居住ないし営業する各建物の南側がもと花川戸公園の一部であつたこと、被告台東区が花川戸公園及び原告ら主張の区道の各一部を廃止したこと、本件建物の建築によつて原告らの各建物に対する日照に変化が生じたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  同(四)ないし(七)の事実はすべて争う。

三被告らの主張

(一)  被告東京都及び同台東区の主張

1 被告東京都は、中小企業振興施策の一環として、昭和二九年千代田区大手町に産業会館大手町館を建設し、中小企業者の販路拡張のための見本市、展示会開催施設として運営してきたが、その後経済活動の活発化に伴つて見本市、展示会の必要性が増大し、昭和三〇年代後半には新しい産業会館の建設を至急に具体化しなければならない状態となつた。なお、新しい会館は中小企業の高度に集中する下町地区に設けることが望ましく、とりわけ台東区は背後に荒川、墨田、足立、江東等の各区をひかえ、商業の中心地であり、中小企業者の数も多いなど、建設地としては最適の条件を備えていた。一方被告台東区は、区内中小企業者から産業会館建設の要望が強く、また福祉施設に恵まれることの少ない中小企業の従業員等から会合、サークル活動等に利用できる公営施設建設の要望も強かつたことから、独自に産業会館兼区民会館建設を計画していた。そこで、被告東京都と同台東区は協議のうえ、台東区内に東京都第二産業会館兼台東区民会館を建設することを決定した。しかし、右被告らは台東区内に遊休地を所有していなかつたので、直ちに右建物の用地の取得にとりかかつた。

2 ところで被告東京都は、戦時中いわゆる強制疎開によつて空地になつた浅草地区内の土地を、戦後花川戸公園として一般に開放していたが、その一部については、浅草地区が都内有数の観光地であるにもかかわらず同地区内に適当な駐車場がないため、同地区に集散する多数の観光バスの駐車場として使用することを許していた。その後被告東京都は昭和二五年被告台東区に対し右公園を譲渡したが、そのころから駐車場の需要が増大したため、被告台東区は本件建物の敷地に相当する部分を駐車場として使用することを認めるようになつた。このような経過から、右駐車場部分は昭和三八年当時すでに一〇年余りにわたつて事実上廃園状態にあつたので、本件建物の敷地選定に苦慮していた被告東京都及び同台東区は、右駐車場部分に本件建物を建設し、その中に従来の駐車場の機能を持つ部分を併設する計画を立て、法令に則つて花川戸公園のうち右駐車場部分及びその中を通る区道部分の廃止手続をとり、昭和四四年ここに本件建物を完成した。

3 本件建物が存在する台東区花川戸地区は、用途地域区分では商業地域、防火地域区分では防火地域、容積地域区分では第五種となつており、付近には店舗、事務所、住宅等のビルデイングが林立し、特に高度かつ過密な土地利用が予定されている地域である。しかもこの地域の建物は、総じて敷地いつぱいに建てられており、道路に面した側のみから日照、採光、通風等を得ることを余儀なくされている。

4 本件建物の建築によつて原告らの各建物に対する日照に変化が生じたことは事実であるが(夏期においては従前とほとんど違いがないが、冬期においてはその影響が大きいようである)、これは従来原告らの各建物の南側が公園(現況は駐車場)であつたことから、その反射的利益として、原告らがこの地域でも稀有というべき程度の日照を享受していたからにほかならない。仮りに本件建物の高さが現在の半分の五階建になつたとしても、原告らの各建物に日影が及ぶことを考えれば、この地域においては原告らが右の程度の日照阻害等による不利益を被つたとしても、右不利益はなお通常受忍されるべき範囲内にあるものというべきである。

(二)  被告竹中工務店の主張

1 被告竹中工務店は本件建物の建築工事に伴う騒音、振動等によつて原告らを含む付近居住者に生じた損害について、昭和四一年一一月二四日付近居住者をもつて組織された第二産業館等地元協力連合会との間で協定を結び、同月二九日までに生じた騒音、振動等による損害及び同日以後通常予想される同程度の損害に対する補償として、同被告は同連合会に対し金一〇〇万円を支払うこととし、同日右支払を了した。

2 被告竹中工務店は本件建物の工事請負人であるにすぎないので、原告らに対し本件建物の存在自体によつて生ずる日照阻害等の不利益についてまで、損害賠償責任を負ういわれはない。

四被告らの主張に対する認否及び反論

(一)  被告東京都及び同台東区の主張は争う。花川戸公園の周辺が現在かなり都市化していることは事実であるが、都市化という現象が当然に、居住者の日照権を奪う正当事由となるものではない。また、仮りに行政機関が自己の都市計画構想に基づき、右公園付近を商業地域化しようと企てたとしても、このことによつて現在の居住者の日照権を一方的に奪うことができるものではない。

(二)  被告竹中工務店の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、原告渡辺幸治は別紙目録(一)1、2記載の各建物を、同杉沢亀治は同目録(二)1、2記載の各建物を、同林博は同目録(三)記載の建物を、同ミツワ産業は同目録(四)1、2記載の各建物を、同太田広は同目録(五)記載の建物の持分一〇〇分の五九をそれぞれ所有していること、右各建物の所在位置が別紙図面表示のとおりであること、原告渡幸商店を除くその余の原告らが別表「建物占有者」欄記載のとおり、右各建物において居住または営業していることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二被告東京都及び同台東区が昭和四一年一月ころ被告竹中工務店に請負わせて、別紙図面表示の位置に本件建物の建築を開始し、昭和四四年に完成させ、以後被告東京都及び同台東区が共同して右建物を所有、占有していることは当事者間に争いがない。

三原告らは、被告らによる本件建物の建築は原告らに対し通常受忍されるべき限度をこえた不利益を強いるものであるから違法である、と主張するので、本件建物の建築をめぐる事情、右建物建築による各原告の被害の有無及びその程度についてまず検討する。

(一)  本件建物建築の経緯について。

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

1  台東区内には皮革、日用雑貨、装飾品、玩具等の製造、卸売を業とする中小企業が密集しており、右卸売業者はその販路拡張のため、昭和三八年当時同区隅田公園内の台東体育館において見本市を開催していたが、右体育館は設備が不十分であつたため、右業者から被告台東区に対し、専門の見本市、展示会会場の建設が強く求められていた。そこで被告台東区は右要望にこたえ、かつ、業者の商談、区民の会合等の便宜をはかるための施設として、産業会館兼区民会館を建設することを計画していたところ、被告東京都においても昭和二九年千代田区大手町に建築した産業会館が手狭になり、第二産業会館の建築を計画していることを知り、同被告と協議を重ねた結果、昭和三九年ころ右被告らが共同で、東京都第二産業会館兼台東区民会館を台東区内に建築する旨の合意が成立し、その用地の選定が開始された。

2  ところで台東区花川戸にある花川戸公園は戦時中のいわゆる強制疎開によつて空地となつた土地を戦後緑地化したものであり、昭和二五年一〇月被告東京都より同台東区に譲渡され、昭和三九年当時同被告が所有、管理していたものであるが、右公園の一部(後に本件建物の敷地とされた部分約二、七〇〇平方メートル)は、被告台東区の所有に属するようになつたころから観光バス等の駐車場として使用されており、昭和三九年当時すでに十数年にわたつて事実上公園としての機能を果たしていない状況にあつた。そこで被告東京都と同台東区は、ここに産業会館兼区民会館を建築する計画を立て、なお右建物内に観光バス等のための駐車場を併設することとし、昭和四〇年内に前記駐車場部分の公園廃止手続及び駐車場内の区道廃止手続をとつたうえ、昭和四一年右計画に基づき本件建物の建築を開始し、昭和四四年にこれを完成した。

3  本件建物は九階建であり、一階及び八、九階は被告台東区の専用、二ないし七階は被告東京都の専用とされ、一階には観光バスを主体とした一般の駐車場とギヤラリーが設けられ、二、三階には産業会館専用の駐車場、会議室(業者の商談に利用されている)、会館事務室が設けられ、四ないし七階には展示場が設けられ、台東区を中心とする都内中小企業者の見本市、展示会会場として使用され、八、九階には食堂、会議室(業者の商談、区民の会合等に利用されている)、結婚式場が設けられている。

(二)  地域性について。

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

1  本件建物は東武浅草駅の北方約二二〇メートル、通称、馬道通り(幅員二二メートル)の東側に位置し、その付近は都市計画法上の用途地域区分では商業地域、防火地域区分では防火地域に属している。本件建物の東側前方には国道六号が走つており、東武浅草駅前で馬道通りと合流している。

2  馬道通り及び国道六号の両側には店舗が立ち並んでいる。馬道通りの両側に立ち並んでいる建物は三ないし五階建のものが多いが、中には七階建程度のものもいくつか建てられている。国道六号の両側には、これよりやや高い四ないし八階建の建物が立ち並んでいる。しかしこれら商店街から通りを幾つか隔てた原告らの居住、営業する地域には、二ないし三階建の居宅、事務所、店舗等が立ち並んでいる。もつとも最近、すなわち検証時である昭和五〇年二、三月頃には右地域内にも五階建前後の建物が建築されつつあるが、その数は多くはない。なお、原告渡辺幸治、同林博、同太田広、同ミツワ産業が昭和四一年から昭和四七年ころまでの間に建直し、または増築した建物は、いずれも二ないし三階建である。

3  この地域の建物は総じて敷地いつぱいに、隣家の建物と外壁を接して建てられており、ことに最近建てられた建物についてその傾向が著しい。従つてこの地域では、道路(幅員四ないし六メートル)に面した側から日照、彩光、通風等を得るか、あるいは屋上において日照を得ることが通例となつており、それ以外の郎分から日照、採光、通風等を得ることは、付近の建物に先がけてより高い建物を建築した場合を除き、通常期待しえない状況にある。

(三)  本件建物の建築による日照、採光の阻害について。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

1  原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎、同林博及び同太田広の各居住建物の構造及び使用状況。

原告渡辺幸治は別紙目録(一)1、2記載の各建物を所有しているが、このうち右(一)1の建物は昭和三四年ころ建て直された木造二階建の建物であり、ここに同原告が居住している。また右(一)2の建物は昭和四四年ころ従前の木造建物を取毀し、その跡地に建てられた鉄骨造陸屋根三階建の建物であり、その一階は国に賃貸されて花川戸郵便局となつており、二階には同原告の子である訴外渡辺和夫が居住し、三階は居住用の構造であるが未完成で現在は物置として使用されている(以下、右二棟を合わせて、原告渡辺幸治の居住という)。

原告杉沢亀治は別紙目録(二)1、2記載の各建物を所有しているが、右(二)1の建物は昭和三三年ころ改築されたもので、南側半分は軽量鉄骨モルタル三階建、北側半分は木造二階建であり、ここに原告杉沢二郎が居住し、縁起物製造販売業を営んでいる(以下、この建物を原告杉沢二郎の居宅という)。右(二)2の建物は昭和三五年ころ改築されたもので、南側半分は軽量鉄骨モルタル三階建、北側半分は木造二階建であり、南側半分に原告杉沢亀治が居住し、縁起物製造販売業を営んでおり、北側半分には同原告の娘夫婦が居住している(以下、この建物を原告杉沢亀治の居宅という)。

原告林博は別紙目録(三)記載の建物を所有しているが、右建物は昭和四七年ころ従前の木造平家建の建物を取毀し、その跡地に新築された木造二階建の建物であり、同原告は右建物の西側半分に居住し、東側半分は貸事務所として他に賃貸している(以下、この建物を原告林博の居宅という)。

原告太田広は別紙目録(五)記載の建物の持分一〇〇分の五九を所有しているが、右建物は昭和四七年ころ従前その南東側四分の一の位置にあつた鉄筋コンクリート造三階建建物を敷地いつぱいに増築したものであり、同原告は右建物の一階南側約三分の二を原告太田商店の店舗等として使用し、残余の部分は貸事務所として他に賃貸し、二階は六室中五室を貸室として他に賃貸し、一室のみを応接間として使用し、三階は六室中二室を貸室として他に賃貸し、残余の四室を同原告の家族の居室として使用している(以下、この建物を原告太田広の居宅という)。

2  本件建物建築以前の状況。

右原告らの各居宅はいずれもその敷地いつぱいに、隣接建物と外壁を接して建築されているため、本件建物が建築される以前においても、道路に面する側(原告渡辺幸治の居宅は南側と東側、同杉沢亀治及び杉沢二郎の各居宅は南側、同林博の居宅は北側と東側、同太田広の居宅は南側と西側)並びに隣接建物より高い位置にある原告杉沢亀治の居宅の北側二階部分、同太田広の居宅の三階の一部から日照、採光を享受しうるにとどまり、これ以外の個所から日照、採光を得ることは困難な状況にあつた。しかし、このように日照、採光を受けることができる方向に制限があるとはいえ、原告林博を除く右原告らの各居宅の南側には、幅員六メートルの道路を隔てて花川戸公園があるだけであつたから、南側からは十分な日照、採光を受けることができ、通風、眺望も極めて良好な状態にあつた。

3  本件建物建築後の状況。

本件建物は九階建であり(なお、屋上にはさらに三階建の機械室が設けられているが、右機械室は屋上の東西両端に南北方向に設けられているから、右原告ら居宅に対する影響は左程大きくない)、しかも右原告ら居宅の南側を東西に長くさえぎつているため、幅員六メートルの道路を挾んで本件建物と向い合つている原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎及び同太田広の各居宅に対する日照、採光の阻害は著しく、とりわけ日照、採光を南側からのみに依拠している原告杉沢亀治及び同杉沢二郎の日照、採光の阻害による不利益は重大である。これに次いで、本件建物の北側前面中央部に居宅を有し、南側と西側からの日照に依拠している原告太田広の不利益も著しく、また、本件建物の北側前面東端に居宅を有している原告渡辺幸治の不利益も無視しえないものがある。これに対して、本件建物からいくぶん離れた位置にあり、しかも元来南側からの日照、採光を期待しえない原告林博においては、日照、採光の阻害による不利益の程度は、右原告らに比してはるかに低いものである。

これを具体的にみてみると、冬至においては、原告太田広及び同杉沢二郎の各居宅は八時以降、同杉沢亀治の居宅は九時以降、同渡辺幸治及び同林博の居宅は一一時以降本件建物の影が及びはじめ、それぞれ約二時間後に完全に日影となり、日没時まで全く日照を得ることができない状況にある。原告林博の居宅は二階の一部を除き、隣接する建物によつて南側及び西側からの日照をすでにさえぎられているので、本件建物が建築されたことによる影響は極めて少ない。もつとも、同原告が将来自己の居宅の屋上を利用しうるように改築した場合には、その屋上に日照を得られないという被害が生ずることになるが、右被害はいまだ現実化しておらず、仮りに現実化したとしても冬至の前後における短期間の被害に留まる。

次に春分または秋分においては、原告太田広及び同杉沢二郎の各居宅は九時以降、同杉沢亀治の居宅は一〇時以降日影となりはじめ、いずれも約二時間後に完全に日影となり(但し、原告太田広は後記のとおり、現在その居宅の屋上において日照を享受することが可能である)、一六時以後徐々に西側から日照を受けうるようになるが、居宅全体に日照を受けえないまま日没となる。原告渡辺幸治の居宅は一一時ころ日影となりはじめ、一二時三〇分頃完全に日影となり、日没まで日照を得ることができない。しかし、原告林博の居宅は二階南側の一部を除き、すでに隣接する建物によつて日照を阻害されており、右二階南側の一部については本件建物による日照の阻害は認められない。

そうして、夏に近づくに従つて右日照阻害の程度はさらに緩和され、夏至においては右原告らの居宅に対する日照の阻害はほとんど認められない。

4  日照阻害の回復可能性。

原告太田広は昭和四七年ころ自己の敷地の北側いつぱいまで三階建建物を増築したため、春分または秋分において屋上の約四分の三に日照を受けることができるようになり、冬至の前後を除いては屋上において日照を享受することが可能となつた。原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎が原告太田広と同程度に日照を回復するためには、いずれも二階建になつている各居宅の北側部分を三階建にするほかないが、同原告らが近い時期に各自の居宅をより日照を受ける構造に改築しうることを肯認すべき的確な証拠はない。

(四)  通風、眺望の阻害について。

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

1  本件建物は東西に長く、高さも九階建であるため、冬期の季節風が本件建物に当たり、右建物の北側前面中央部に位置する原告太田広及び同杉沢二郎の各居宅付近で自然の気流に相当な変化が生じ(因みに、前示証人太田は、その状態を、人々は風をかきわけるようにして歩行すると表現している)、その影響の相当部分は、右各居宅と本件建物との間にある道路にそつて原告杉沢亀治及び同渡辺幸治の各居宅付近にまで及ぶが、原告林博の居宅付近においては、右の影響はかなり軽減されている。

2  原告杉沢亀治及び杉沢二郎の各居宅は、従来東西及び北側への眺望を隣接建物によつて妨げられ、道路に面した南側の眺望を期待しうるのみであつたが、本件建物の建築によつて南側の視界をはるか高くまでさえぎられたものであり、右原告らがこれによつて受ける圧迫感は相当のものがある。また原告太田広の居宅は、本件建物の北側前面中央部にあるものの西側が道路に面しているため、本件建物による圧迫感は原告杉沢亀治及び同杉沢二郎の被るそれほどではないが、なお到底軽視することができない程度のものである。しかし原告渡辺幸治の居宅は、南側のほか東側も道路に面しているため、東側の視界は開けており、また右居宅は本件建物の北側前面東端に位置しているため、居宅の南側においてもなお南東方向に花川戸公園を臨むことができるので、本件建物による圧迫感はかなり緩和されることになる。また原告林博の居宅においては、南側の視界はすでに隣接建物によつてその大部分をさえぎられており、本件建物との距離的隔りも相当あるので、右建物による圧迫感はほとんど感じられない。

(五)  建築時の騒音、振動について。

〈証拠〉によれば、原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎、同林博及び同太田広ならびにその同居の家族が本件建物の建築時に建築作業に伴つて生じた騒音振動によつて各居住建物の壁の亀裂、屋根瓦のずれ等の物的被害のほか不眠、不快等の無形の損害を被つたことが認められ、これに反する証拠はない。

(六)  営業利益の喪失について。

原告渡幸商店は、本件建物の建築による日照阻害、風害等によつて職場環境の悪化、顧客の減少等をきたし、廃業のやむなきに至つたと主張する。原告渡辺幸治の本人尋問の結果によれば、原告渡幸商店は昭和四二年ころ設立された草履製造卸販売を業とする有限会社であるが、昭和四五年にその営業を停止したことが認められる。しかし右本人尋問の結果のうち、同原告会社の営業停止の原因が日照阻害、風害等による職場環境の悪化にあるとする部分は、これを裏付けるに足りる資料がないのでそのままではたやすく措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

原告太田商店は、本件建物の建築による日照阻害、風害等により、職場環境の悪化、顧客の減少等をきたし、営業の継続が著しく困難になつたと主張し、証人太田ふさの証言中には、本件建物の建築によつて生じた風害により、原告太田商店の顧客が減少したとする部分があるが、右は客観的な裏付を欠くのでたやすく措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

また原告ミツワ株式会社も同太田商店と同旨の主張をし、証人津久保昭次の証言中には、原告ミツワ株式会社は本件建物の建築によつて、昭和四八年ころ暖房設備をガスストーブからセントラルヒーテイングに変えざるをえなくなるなど、冷暖房の費用がかさむようになつたとする部分がある。ところで、同証人の証言によれば、右原告会社は別紙目録(四)1、2記載の各建物を事務所及び倉庫とし、従業員四一名を使用して合成樹脂原料及び製品の販売並びに加工業を営む株式会社であることが認められるが、このような相当数の従業員を使用する企業において、その職場環境改善のため冷暖房設備の充実がはかられるのが近時の一般的傾向であることは当裁判所に顕著なところであるから、同原告会社の冷暖房設備の充実が専ら本件建物が建築されたことによるものであるとする同証人の右証言部分はにわかに措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

(七)  借地権価格の減少による損害について。

原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同林博、同ミツワ産業及び同太田広は、本件建物の建築による日照阻害等により、自己の有する借地権の価格が一〇パーセント以上低下したので、これと同額の損害を被つたと主張し、〈証拠〉には右主張にそうと認められる部分もあるが、右は十分な裏付を欠くのでそれだけでは到底右主張事実を肯認すべき資料とはいい難く、他に右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。しかも、仮りに本件建物の建築による日照阻害等によつて、右原告らの借地権価格が低下したとしても、そのことによつて右原告らは借地権の本来の内容である土地の使用収益に特段の影響を受けるわけではないこと及び借地権に当然に譲渡性はないことを考えると他に特段の主張立証のない本件においては、借地権価格の低下自体を独立した財産上の損害とすることは相当ではないというべきである。前記主張はいずれにしても理由がない。

(八)  都市公園法、道路法、建築基準法違反について。

原告らは、被告台東区が都市公園法一六条及び道路法一〇条に違反して本件建物の敷地を取得したと主張する。しかし、元来都市公園法は都市公園の健全な発達を目的とし(同法一条)、また、道路法は道路網の整備充実を目的とする(同法一条)ものであつて、原告ら主張の日照、通風等の生活利益の保護を目的とするものではないから、仮りに右各法条違反の事実があるからといつて、直ちに原告ら主張の利益を侵害することとなるものではない。従つて右主張は、更に立入つて事実上の判断を用いるまでもなく理由がない。

また原告らは、本件建物の建築は建築基準法に定める高度制限及び容積制限に違反している旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

四以上の認定判断に基づいて、被告らが原告らに対し、その主張のような責任を負うべきかどうかについて判断する。

1  被告竹中工務店の責任について。

被告竹中工務店は、被告東京都及び同台東区との請負契約に基づき、その義務の履行として本件建物を建築した請負人にすぎないのであるから、本件建物の建築工事に伴つて生ずる騒音、振動等による損害についてはその責を負うべきであるが、完成後の本件建物を所有し、存置させること自体によつて生ずる日照、通風等の阻害についてまで、その責を負うべきいわれはない。

ところで、前三(五)認定の事実によれば、同被告は本件工事に伴つて生じた騒音、振動によつて、原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎、同林博及び同太田広ならびにその同居の家族に対し損害を与えたことが明らかである。しかし、〈証拠〉によると、同被告が昭和四一年一〇月頃本件建物の建築のための基礎工事に着手したところ騒音、振動が激しかつたため付近住民から相次いで苦情が寄せられ、同被告は一時工事を中止して住民らと工事に伴う被害の補償について交渉するとともに工事の続行について諒解を求めたこと、そのうち地元住民によつて第二産業会館等地元協力連合会が組織され(なお、前記各原告乃至その家族の全員がこれに加入していたかどうかは証拠上必ずしも明確ではない)、同年一一月二四日同会と同被告との間において、前記工事に伴う騒音、振動等による損害のうち、物的損害で、修繕工事等によつて原状回復可能なものは、修復工事等をして現実に補償をし、また現状回復が不可能な被害については協議のうえ補償をする旨の協定が成立したこと、同被告は右同日、同月二九日までに生じたもの及び将来通常生ずると予想される原状回復不可能な損害に対する差当りの補償として同連合会に一〇〇万円を支払つたこと、その後同被告は右協定に従い前記原告らの住家を含め地元住民の住家等の壁の亀裂、屋根瓦のずれ等について修復工事をしたこと及び右協定の成立と金員の支払によつて地元住民の不満も一応おさまり、同被告は工事を再開したが、その後も右のように原状回復の可能なものについてはその修復に努めたため同被告が地元住民から再び工事の中止を求められたり不平がよせられるようなことはなかつたことが認められ、これに反する的確な証拠はない。してみると、前記各原告の被害のうち物的損害は同被告のした修復工事によつて回復補償され、また同原告らは無形の損害については、前記協定の成立、同被告によるその履行及び右被害の程度に鑑み、これを敢えて問わないことにしたものと認めるのが相当である。その他本件に現れたすべての証拠によるも、前記原告らに同被告に対し本件建築工事に伴う騒音、振動等によりなお賠償を求むべき損害があることを肯認することはできない。

なお、原告らは同被告は昭和四一年一一月二四日原告らに対し本件建物の建築によつて生じた損害はすべてこれを賠償する旨を約したと主張するが、右主張事実を認めるべき証拠は何もないうえに、冒頭に述べたとおり、同被告は本件建物の存在自体によつて生ずる損害についてまで、責を負うべき理由のないことを考えると右主張は到底これを容れることができない。

以上のとおりであるので、原告らの被告竹中工務店に対する請求はすべて理由がないものというほかない。

2  次に被告東京都及び同台東区の責任について考える。

一般に、土地の使用権者がその地上に建物を建築することは適法な行為であり、これによつて隣接建物に対する日照、通風等が妨げられたとしても、それだけで直ちに不法行為が成立すのものではない。しかし、すべての権利の行使は、その態様ないし結果において、社会観念上妥当と認められる範囲内でのみこれをなすことを要するところ、権利者の行為が社会的妥当性を欠き、これによつて生じた損害が社会生活上一般的に被害者において忍容(ママ)するを相当とする程度を越えたと認められるときは、その権利の行使は社会観念上妥当な範囲を逸脱したものというべきであり、いわゆる権利の濫用にわたるものとして違法性を帯び、不法行為の責任を生ぜしめるものといわなければならない。

これを本件についてみるのは、前記三(三)及び(四)認定の事実によれば、原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎、同林博及び同太田広は本件建物の近隣に居住するものであり、本件建物の建築によつて、従来自己の居宅において享受していた日照、採光、通風、眺望の生活利益を侵害されたものである。そうして、居宅における日照は、快適な生活に必要な生活利益として、それ自体法的な保護の対象となるものであり、また居宅における採光、通風、眺望は、日照に付随し、あるいはこれと相俟つて一個の生活利益を構成するものであり、日照とともに法的な保護の対象となるものである。

そこで、右生活利益の侵害が社会生活上一般に受忍されるべき限度を越えるものであるか否かについて判断する。前記三(二)ないし(四)認定の事実によれば、右原告らの居住する地域の建物は、総じてその敷地いつぱいに、隣接建物と外壁を接して建築されているため、道路に面していない側から日照、通風等を受けるのは困難な状況にある。もつとも一部の建物は隣接建物より高く建てられているため、道路に面していない側から日照、通風等を受けることができる状況にあるが、最近建築された建物がいずれも二ないし三階建であり、敷地いつぱいに建てられていることからすれば、右利益は将来にわたつて継続的に期待しうるものとはいい難い。しかし、この地域では四階建以上の建物はまれであり、道路の幅員は四ないし六メートルあるため、道路に面した側からは日照、採光、通風を受けることができ、また屋上を利用しうる建物については、屋上において十分な日照を受けることができるのが通例である。とりわけ原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎及び同太田広の各居宅は本件建物が建築される前、南側に幅員六メートルの道路を挾んで花川戸公園が設置されていたため、南側から十分な日照を受けることができ、採光、通風、眺望も極めて良好な状態にあつたものである。ところが、右公園部分に九階建の本件建物が建築されたため、南側のみ道路に面している原告杉沢亀治及び杉沢二郎の居宅は、四方を建物によつて塞がれた観を呈し、眺望の阻害による圧迫感が著しく、また特に日照を必要とする冬期において日照を著く阻害され、朝の日差の張い時刻に短時間日照を受けることができるのみとなり、春分または秋分においても一一時(原告杉沢亀治は一二時)から一六時までまつたく日照を受けることができず、通風、採光の状態も悪化し、冬期には風害を被るに至つており、右被害を容易に回避あるいは軽減することが可能であることを認めるに足りる的確な証拠はない。原告太田広の居宅は、南側と西側が道路に面しているため、本件建物によつて南側の眺望を妨げられたことによる圧迫感は、原告杉沢亀治及び同杉沢二郎が被つている圧迫感には及ばないが、右居宅は本件建物の北側前面中央部に位置しているため、日照阻害及び風害については右原告らと同程度の被害を被つている。もつとも、原告太田広は昭和四七年ころ自己の敷地いつぱいに三階建居宅を増築したため、日照の被害は、冬至の前後を除き、屋上の一部または全部(春分、秋分時において屋上の四分の三)に日照を受けることがでる程度に回復している。原告渡辺幸治の居宅は、本件建物の北側前面東端に位置し、しかも南側のほか東側においても道路に面しているため、本件建物による日照、彩光、通風、眺望の阻害は原告杉沢亀治、同杉沢二郎及び同太田広の前記被害をさらに下回つているが、従来十分な日照、通風等を享受していた居宅南側を本件建物によつてはるか高くまでさえぎられたことによる被害は、この地域の居宅が隣接建物によつて通常被つている日照、通風等の阻害の程度をかなり上回つており、秋分から冬至を経て春分に至るまでの間午前中のみしか居宅南側からの日照を受けることができず、冬期の風害も無視できない状況にある。してみれば、本件建物の建築による原告杉沢亀治、同杉沢二郎、同太田広及び同渡辺幸治の生活利益の侵害は、その程度に差はあるが、いずれも被害者において一設に受忍すべき限度を越えているものというべきである。

これに対して、前認定の事実によれば、原告林博の居宅は、東側と北側が道路に面しており、本件建物との距離隔りも比較的大きいため、本件建物による彩光、通風、眺望の阻害は軽微であり、日照の阻害は冬至の前後において二階南側の一部に日照を受けえないにとどまつていることが認められ、右事実に前記三(二)認定の、この地域の居宅一般に対する日照、通風等の状況を合わせ考えれば、同原告の居宅に対する右日照、通風等の阻害は、いまだこの地域において、一般的に受忍すべき限度を越えていないもいと認めるのが相当である。また、原告渡幸商店、同ミツワ株式会社及び同太田商店は、本件建物の建築による日照、通風等の阻害により、その営業利益を喪失したと主張し、原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同林博、同太田広、同ミツワ産業は、右日照、通風等の阻害により、自己の有する借地権の価格が低下したと主張するが、右主張事実の認め難いことは前記三(六)及び(七)認定のとおりである。

右述のほかに各原告が本件建物の建築によつて、社会生活上一般的に受忍すべき限度を越えてその権利を侵害されたことを認めるに足りる的確な証拠はない。従つて、被告東京都及び同台東区のした本件建物の建築は原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎、同太田広との間においては、右原告らに前叙の被害を与えている点において違法性を帯びるものというべきであるが、原告林博、同渡幸商店、同ミツワ株式会社、同太田商店及び同ミツワ産業との間においては、未だ違法なものとは認め難いから、右原告林以下の各原告らに対する請求は、更に立入つて判断するまでもなく理由がないといわなくてはならない。

ところで、前記(一)認定の事実によれば、本件建物は台東区を中心とする都内中小企業の振興をはかることを主たる目的として建築されたものであつて、公共的性格が強く、敷地選定の経緯についても特に不相当な点は認められず、またその使用目的等からすれば、建物の規模、構造等を容易に縮少しうるものとは考えられないけれども、右原告渡辺幸治以下三名の各原告らの被害の程度が前認定のとおり社会通念上受忍すべき限度を越えると認められるものであること、このような被害は本件建物の建築に当然伴うものであるから、同被告らにおいて建築開始にあたりその発生を予見すべきものであつたことを考えると、被告東京都及び同台東区において、右原告らに対し前記被害による損害を賠償しないままで本件建物を所有占有することを認めることは、いかに本件建物が公共的性格を有するからといつて、社会観念上許されないところというべきであるから、右被告らは右原告らに対し、結局不法行為による責任を免れず、同原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

五ところで、前記原告渡辺幸治、同杉沢亀治、同杉沢二郎及び同太田広は前記生活利益の侵害による損害の賠償として慰藉料の支払を求めているので、その額について判断するに、叙上認定の右原告らに対する生活利益侵害の態様、程度、右原告らの居宅の使用状況のほかに、右生活利益の侵害が各原告及びその家族らに及ぼす健康上、経済上、生活上の影響その他本件記録に顕われた一切の事情を総合して勘案すれば、右原告らが右被害により被つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は、原告渡辺幸治に対し金三〇万円、同杉沢亀治、同杉沢二郎に対し、各金六〇万円宛、同太田広に対し金五〇万円を以て相当と認める。

六以上のとおり、原告らの本訴請求は、被告東京都及び同台東区に対し、不法行為による損害の賠償として、原告渡辺幸治において金三〇万円、同杉沢亀治、同杉沢二郎において金六〇万円宛、同太田広において金五〇万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年八月二八日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容すべきであるが、右原告らの右被告らに対するその余の請求、その余の原告らの右被告らに対する請求及び原告らの被告竹中工務店に対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。なお仮執行の宣言は、これを付さない。

(川上泉 富田郁郎 園尾隆司)

〈別表〉

建物

敷地所有者

敷地賃借人

建物所有者

建物占有者

敷地面積

目録(一)1、2の建物

被告東京都

原告渡辺幸治

原告渡辺幸治

原告渡辺幸治

原告渡幸商店

30.00坪

目録(二)1の建物

右同

原告杉沢亀治

原告杉沢亀治

原告杉沢二郎

49.27坪

目録(二)2の建物

右同

右同

右同

原告杉沢亀治

目録(三)の建物

右同

原告林博

原告林博

原告林博

38.83坪

目録(四)1、2の建物

右同

原告ミツワ産業

原告ミツワ産業

原告ミツワ株式会社

67.45坪

目録(五)の建物

宗教法人

浅草寺

原告太田広

原告太田広

訴外太田キヨ

原告太田広

原告太田商店

69.50坪

目録〈省略〉

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